予備校講師 出口汪
「大本」教祖・出口王仁三郎を曽祖父に持つ。
カリスマの血に背を向けて就いた生業で、いつしか「現代文のカリスマ」に。
熱狂的な支持者を持つ論理の天才は、日本の教育を立て直すことができるのか。
以下は、AERA 「現代の肖像」2007.5.21号掲載されたものです。
文=尹雄大(ユンウンデ)
論理で世直しに挑む「現代文」のカリスマ
松の内の華やいだ気分とは無縁の厳しい表情を浮かべた生徒が集まり始めた。学生服を着たひとりが隣席に漏らす。
「やっぱりこの授業は緊張するな」
東京・新大久保の大学受験予備校S.P.Sでは、これから出口汪の現代文の講座が始まろうとしていた。教室に姿を現した出口は「カリスマ講師」にありがちなパフォーマンスもなく、無愛想にも見える表情で淀むことなくしゃべり続けた。
「文章を自分勝手に読むのではなく、筆者の書いている論理をしっかりつかんでください」。受講者は「論理」を強調する出口の言葉に耳をそばだてていた。
淡々とした講義の物腰に反して、参考書、ビジネス書の発行部数は400万部を数え、かつて650人収容できる教室は満杯、立ち見の聴講生でひしめいたなど、人目を引く記録を打ち立てている。これらは感性と勘に従って精読すれば自ずとわかるといった従来の「国語」のテキスト観を覆し、文章を論理に従って読解する手法を提唱したことによるものだ。
文章を論理に従って解釈する
現在、自ら主宰するS.P.Sのほか、全国に展開する東進予備校でも講師を務めるが、受講者の現代文の偏差値が半年で10は上がったといった話はざらに聞く。
出口のいう「文章を論理に従って解釈する」とは、言い換えれば「日本語を論理的に読む」ということだが、そんな手法で、なぜ成績が急激に上がるのか。
たとえば、出口が2003年に開発した「論理エンジン」の問題を見てみる。「論理エンジン」とは、出口の20年にわたる予備校での指導経験を生かし、論理的な思考と言語能力を養うために開発したもので、言葉を扱う能力をコンピユーターのOSに見立て、それをバージョンアップすることにより物事の捉え方を鮮明にしていくシステムだ。
「ぼくは 彼の 考えが 正しいことを 願う」
その筋道を出口は、論理と呼ぶ。
どの語がどの語にかかるか。つながりを見つけよという問題だ。この1問だけ見ると、拍子抜けするかもしれないが、段階を追って難易度の上がる約1000問を通じ、一貫して問われているのは、「誰が何を言っているか」だ。読み手が「何を思うか」ではなく、まず「何が書いてあるか」を文章の関係性の中から把握し、自分勝手に解釈できない筋道を見つける。その筋道を出口は、論理と呼ぶ。
「これまで国語は感覚的に理解するものだと教えられていて、だから答えが合ったり、間違ったりしました。つまり、筆者の立てた筋道を無視し、自分勝手に文章を読み、答えることでしかなかった。なまじ日本語が読めるだけに国語では論理が疎かにされていたんです」
そうした認識は文部科学省も同じで、次期学習指導要領は「考える道筋」や「論理的な思考力」を向上させると謳う。全国の私立高校の約10%にあたる121校が論理エンジンを契約、採用し、また、導入を検討する公立中学も現れるなど、「日本語を使った物事の考え方」に強い影響を及ぼしつつある。出口はどうやってそうした考えを導き出したのかと言えば、「なんだか急にひらめくことが多いんですよ……もちろん20年間、予備校で教えてきた蓄積があって思い付いたことでしょうが……」と話すのみ。あまりに講義での怜悧な印象と反する答えだ。