佐藤優「そして思想を斬る」
はじめに
出口汪と著名人の対談・真剣勝負、第六弾は佐藤優氏との対話です。
「日本の論理、そして思想を斬る」というタイトルで、三部構成で公開していきます。
この対談は2011年6月10日に行われたものです。
第一部 一般評論家、現代文参考書に出会う
大学生の驚くべき学力低下
出口
佐藤先生には“戦う憂国の評論家”というイメージを抱いていました。
いろいろな圧力があっても、権力に屈しない不屈の魂をお持ちだし、なおかつ、その戦う武器が非常にインテリジェンスというか……。
ありがとうございます。
佐藤
出口
論理を武器に、権力にも屈せずに、多彩な活動をされているので、一度お会いしてお話をお聞きしたいと思っていたのです。
まず出口先生に感謝を申し上げないとならないことがあります。出口先生の一連の現代文関係の読解の本、あれが私にものすごく役に立ったのです。そして、今でも役に立っているのです。
というのは、今までは、もう一回勉強し直したい社会人や、どうしても本当の教養が身についたと思えない大学生に対して、「どうすれば教養が身につけられるのか」について、なかなか説明しにくかったんですよ。具体的にどうやればいいという手引きがなかった頃、語学春秋社から出ている『現代文講義の実況中継』と出会い、特にCDの話を聞きながら「これだったら、標準的な中学生レベルの力がある人だったら積み重ね方式できちんとできる」と思ったのです。私は論理の問題というのは思想の問題とイコールだと、実は考えていますので、優れた思想書だと認識しています。
佐藤
出口
大変ご多忙な中で、どうして受験参考書を手にとられたのか、その理由を教えていただけませんか。
ある時に気がついたんです。
それは、檻から出てきた後、早稲田大学と慶応大学で少しお手伝いをしたときのことです。授業をしていても、どうも学生がその内容を全く理解できていないという感触を受けたのです。
そこで一回目に、山川の『詳説世界史B』の教科書を用いて、年号の試験を100題解かせました。教科書の太字を中心に、ウェストファリア条約とか明治維新、日露戦争勃発、ポーツマス平和会議、真珠湾攻撃、独ソ戦勃発、広島の原爆投下、二・二六事件、五・一五事件等で、「以下の年号を書け」と100題出したんですね。平均点は何点ぐらいだったと思いますか?
まず慶応の大学院、手嶋龍一さんがやっているインテリジェンス講座の大学院生で、修士課程。
佐藤
出口
でも、今挙げられたレベルなら誰もが知っていなければダメなことばかりですよね。となると、やはり8割くらいは。
4.2点でした。
佐藤
出口
えっ…。
42点ではなくて、4.2点です。
佐藤
出口
……驚きですね。
次に、早稲田大学の政経学部の3年生でもやったんです。どれぐらいだと思います?
佐藤
出口
まぁ、早稲田の政経っていうのは、本当にもう一番の難関の……。
文科系では一番ですよ。
佐藤
出口
まぁ普通に考えればやっぱり7〜8割はとらないと恥ずかしいという気はするんですが。
5.0点です。慶応より0.8点良かったです。二・二六事件が、196X年とか、広島の原爆投下が195X年とか、それからソ連の崩壊が2006年とか、腰を抜かすような答案を山ほど見せられてびっくりしたんです。
その結果を前にして、私はどこに問題があるのかとよく考えました。二つあるような気がするんです。
佐藤
出口
はい。
一つは、受験勉強が嫌いなのですね。
要するに、「どうして早稲田の政経に来たのか」ということに関して、親の期待に応えるとか、クラスメイトの前ででかい面をしたいとか、あるいはちょっと数学は得意じゃないから、それ以外の所で一番偏差値が高いところに行きたいとか、それ以上の動機がないんですね。慶応も同じなんですよ。だから、日本の新入生歓迎講演で、異常に「大学生は何をなすべきか」っていうタイトルが多いんですね。
しかし、イギリスとかロシアとかチェコなどの国では、「大学生が何をなすべきか」ということ自体がテーマになることは考えられないんですよ。
佐藤
出口
そうでしょうね。
多分日本と韓国だけだと思います。目的を持たずに大学に入ってくる人間がこんなに多いのは。
佐藤
「現代文抗議の実況中継」との出会い
ただこれだけだったら、こんなスッテンテンな状態にならないと思うんです。
二番目の要因として、受験勉強に意味がないと思っている。人間は意味がないと思った嫌いなことって、絶対に記憶に定着しないんですね。
となると、裏返すと勉強が嫌いなのはどうしようもない。意味があるという点において、意識を変えられれば、記憶に定着するのではないかと思ったのです。
そこで、受験勉強に意味があるということを強調したのです。すると、次に学生から「どうやって勉強したらいいのか」と、こう聞かれるのですよ。
ところが、教科書はあまりに退屈で、力技で覚えていく構成になっているわけです。そこで出会ったのが、実況中継方式の参考書だったのです。当然数学なんて、もっと苦手意識を持っている人がいる。そこで、あのシリーズを買い集めて、全部読んだんですね。そこで率直に言って、他の参考書と比較して『現代文の実況中継』は桁違いに高いレベルであるということに気づいたわけです。要するに、ここで初めて論理ということを意識して取り組む。
実は大学の教養レベルでも、論理の力がないということが深刻な話になっている。野矢茂樹さんの『論理学』(東京大学出版会)なんかが売れているのはその関係だと思うのですが、それと全く同じ問題――、外交官時代の記憶がよみがえってきたんですね。
佐藤
出口
はい。
実は、外交官試験に合格した、一応選りすぐられているはずの一流大学を出た外交官の卵たちを、モスクワの高等経済大学や、モスクワ国立大学の地理学部に留学させたら、成績不良で退学になる研修生が3、4人出てきたんですよ。このことが、私の愛国心をいたく刺激しましたね。
私、モスクワ大学でも教鞭をとっていましたから、「なんでロシア人に、しかも日本の外交官の卵が負けるんだ」と言って、向こうの教務責任者に聞きに行ったんです。
「ロシア語ができないのか?」と聞いたら、「そうじゃない。三つ問題がある」と言われました。 一つ目が数学です。「なんで日本の大学で、経済学修士をとっているのにも関わらず、簡単な微分方程式が解けないんだ? 線形代数が全然わからないのか」と。
そう言われてみると、数学を完全に迂回して経済学部に入ることってできるんですよね。それに今、明らかに大学院の入試って、大学入試より簡単ですから。そうすると修士号くらいとれちゃうんですよ。 それから、「次に足りないのは何かと言われたら、哲学史だ」と。要するに、今起きている現象というのは、何らかの過去の思想の鋳型があるということをわかっていないと。
そして、三番目に言われたのが「論理」なんですよ。要するに、ディベートが何か全くわかっていないと。これは、真理を追求するための議論ではなくて、一定の手続としての議論をする、ということなのだけれども、その中でごく初歩的な論理学がわかっていないということなんですね。 要するに、直観主義だのといった難しい話じゃない。アリストテレスの古典的な同一律、矛盾律、排中律がわかっていない。だから、背理法の使い方がわからず、なぜあなたの議論が崩れているか、という話ができないから、全くディベートができないし、論理的に文を解析できない、ということを言っていたわけです。
それで、実際のビジネスパーソン、あるいは外交官の論理力を強化するためには、出口先生の本を読むことが一番良いと確信するに至って、それでそういう需要が一番高い『東洋経済』、それから『朝日新聞』で紹介させていただいた、という次第なのです。
佐藤
出口
本当に僕もびっくりしました。ありがたい話です。また、今度は『出口の出なおし現代文』(青春出版社)に推薦文をいただいて。
『出なおし現代文』は、是非、私の持っているコラムや新聞記事等で紹介したいと思うんです。
佐藤
出口
ありがとうございます。
この本非常に良いですね。というのは、極端に力をかけないで、かといって極端に簡単すぎないで、ノートあるいは紙を使いながら、通常の努力ができるビジネスパーソンが向かい合って消化できる、ちょうどいい量ですからね。
佐藤
出口
ありがとうございます。
その辺、非常に考えて作られたんじゃないですか?
佐藤
出口
その辺はやっぱり頭にありましたね。
第二部 それぞれの宗教との出会い
論理と宗教の関連性
出口
日本の教育は、蘭学以来ずっと模倣教育ですから、現在も模倣のための訓練だけを徹底的にやっています。
だから、今の慶応や早稲田の学生でも、おそらく、勉強はただ偏差値を上げるためのもので、ひたすら必要な情報を詰め込むだけで、その情報がどんな意味を持っているか、あるいはどんな面白いことがあるかについて全く関心がないまま、優秀な成績で入学してしまいますよね。
そういうことに関心を持ったらいけないというような訓練をしてしまったために、今の日本国家がすごく弱くなっているというのは、実はその学力低下とかいった表面的な問題より、かなり深刻な話なのではないかと思います。
要するに偏差値秀才型の人っていうのは、真理を探究したらいけないんですよ。真理を探究するんじゃなくて、教科書に書いてある内容を覚える。ただし、それは理解しなくてもいいんです。そして、1時間から1時間半の制限時間の中で再現する能力なんですね。
最近びっくりしたことがありました。非常によく売れている某社の国家公務員の2種試験の問題集、これは大卒程度の知識レベルです。そのマクロ経済学とミクロ経済学の練習問題集をなんとなく手にとってみて、序文を見てびっくりして買ったんですね。それはなぜかというと、「微分法について、この微分の公式については覚える必要もないし、変化とは何か、ということについては考える必要もない。携帯電話をこなすのと一緒なんだ。携帯電話のマニュアルと同じように、冪数があったらそれを前に持ってきて一つ減らす、こういうやり方をしなさい。別に携帯電話を使いこなすために無線工学とか必要ない。それと同じで微分とは何かということについては知る必要がない」と書いてあるんですよ。
佐藤
出口
本当に意味のない勉強してますよね。
ええ。僕は、そこでポイントになってくるのは、宗教の問題っていうか、超越性の問題だと思うんですよ。
佐藤
出口
ほう。
例えば、なんで論理がヨーロッパであんなに発展したか。これは明らかにユダヤ、キリスト教の影響なんです。要するに、キリスト教の神様の趣味っていうのはジェノサイド(人類抹殺)ですから。ジェノサイドにしてやるという形で、すぐ怒るんですね。そうすると預言者が出てきて議論すると。それで、今までのところ、人間と神様の議論は百戦百勝で人間が勝っているんですよ。そうじゃないと人類は滅ぼされていることになっているんですから。そこでいろんな屁理屈とかを見つけてくると。
だから、論理っていうのは人類が生き残るために不可欠だ、という感覚が、ユダヤ教社会、キリスト教社会にあるから、必然的に理屈とかが発展するんですよね。こういう感覚が、結構外交の世界で、あるいは検察に捕まった時にも役立ったんです。
結局、文章を書いて文字によって、生き残るか死ぬかそこで決まるわけですからね。
佐藤
出口
面白いですね。日本人にはそういう感覚はありませんからね。
ことばのリズムに隠された文化
ただ、日本人というのは、文字を大切にする民族だと思うんですよ。最近ツイッターが流行っているのにしても、やはり、政治家や作家など、いわゆる指導的な立場にある――威張っているとか金があるとかじゃなく中立的な意味での――エリートたちのツイッター率が異常に高いのは、僕は、日本の短歌の伝統に関係があると思うんですよね。
佐藤
出口
短歌ですか。
それで、つぶやきはすぐに終わり、リツイートされますよね。そうすると、これは連歌の形式だと思うんですよ。終わってみた後に気がついたら、そこのユニットでなんかの意味がある。そういう文化が埋め込まれているのではないでしょうか。しかし、それだったら和歌とか連歌とか長歌とか、そちらの伝統に戻った方がいいと思うのですが。
佐藤
出口
なるほど。
また、ちょっと飛ぶようですが、我々はリズムとして五・七・五・七・五・七、あるいは五・七・五・七・七、あるいは新体詩だったら七・五・七・五のリズムがあるわけじゃないですか。
しかし、沖縄――琉歌とか、沖縄民謡というのは、八・八・八・六なんですよ。五・七・五・七・七じゃないリズムなんですよね。そうすると、沖縄との問題なんかも、リズムが違う人たちなのだから、これは なかなかかみ合わないと。
このような、音韻や和歌などのリズム・感覚の違いについても、本来気づかないといけないはずなんですよね。
佐藤
出口
うーん、なるほど。
僕は、そういうことに気づくか気づかないか、ということが、実は勉強の中ですごく重要なことだと思うんですよ。
また沖縄の話に戻りますが、水戸黄門は、もうどれくらいやっていますかね……テレビで。
佐藤
出口
僕が子どもの時からやっていましたね。
すると40年近いですよね。あれ、各都道府県全部行っていますよね。でも、沖縄だけ行っていないんですよ。
佐藤
出口
そうなんですか。
これは、沖縄初の芥川賞作家の大城立裕さんが、『休息のエネルギー』というエッセイの中で言っているのですが、東京のキー局が水戸黄門を沖縄に持ってくるという話があった。しかし、沖縄のローカル局が無理だと言って断った。
要するに、最後の印籠を出すときに、「この印籠が目に入らぬか」と言うと、沖縄では、方言で「くれ、ぬーやがー(それなんだ)」となってしまうと。
佐藤
出口
ええ、通じないんですね。
どう考えても、沖縄の人たちは薩摩の支配までは知っていますけれども、その背後に江戸幕府があることを知らないんですよ。
話の流れとしては、助さん格さんともみ合いをしますよね。町の者たちとも。その、想定される町の者たちって琉球空手の達人ですよね。そうすると助さん格さんが勝つっていうシナリオにならないんじゃないかと。そうなると、脚本が書けないと。
ただ、ここまでだったら笑い話なんですよ。しかし、もう少し考えてみると、水戸黄門に権力を与えるのは江戸幕府ですよね。その江戸幕府だって、二条城の接見の間に行くと、一段高いのは朝廷の勅使席です。
要するに、沖縄は天皇信仰がない日本の領域です。そういう所を日本は包摂しているんだっていうことを考えた場合に、沖縄は、やはり特殊な対応をしないといけない。これは異なる神話共同体だと。
佐藤
出口
そうですよね。
すると、古典や歴史、案外そういったことを噛み合わせれば、普天間問題なんていうものも、こんな愚かなことをしないでも、もう少し軟着陸の方法が見つかったと思うんですよ。
佐藤
出口
確かに本土の論理とか価値観で、すべてはかっていますから……。
語り得る世界は徹底的に解析
それで、出口先生の書かれたものを見ると、僕はルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインを思い出すんです。
要するに、本当に大切なのは語り得ないことの世界なんだけれども、語り得ることの世界は徹底的に理詰めでやっていかないといけないと。そこの世界のところに、いきなり超越的なものをもってきたらいけないんだと。ですから、出口先生の感覚に非常に感銘を受けたのです。この感覚というのが、すごく優れていると思うんですよね。
佐藤
出口
ありがとうございます。
大学入試の問題っていうのは、語り得る世界の中のものが基本的に出る。だからその中の解析をきちんとやっていく。そしてそこでは、情緒とか、「私はこう思う」という、神々の戦いみたいなものはもってきてはいけないんだと。この訓練を受けておくか受けておかないかっていうのは、すごく将来において、本当の宗教とか、本当の信仰とか、本当の超越性を知るために重要だと思うんですよ。
佐藤
出口
なるほどと思います。僕自身はもともと文学青年出身で、割と見えない世界が好きで、小説家にもなろうと思って、小説も書いていますし、宗教にも非常に興味があって。ただ、もし宗教を語るとしても、やっぱり徹底して論理を武器にして語りたいんですよ。
ええ。
佐藤
出口
で、その辺は佐藤先生とすごく共鳴するところがありまして。
ただ、どうしても今は、宗教でも「信じる者は救われる」っていう世界……。
あるいは、ちょっと加工し直した、スピリチュアルみたいな形で。
佐藤
出口
そうですよね。
超越が早すぎる宗教って、インチキですよね。
佐藤
出口
おっしゃる通りだと思います。僕は、ある程度までは論理的に全部説明がつくはずだと、本当に思っているんです。最後の最後のところで超越ということもあるのかもしれませんけれども。
でも、そこに至るまでに最初から何も考えずに、ただ信じる者は救われるというのは、僕は嘘だなと思っていまして。
だから、文学でもなんでも、ある程度論理っていうことでずっと攻めていって、そのうえで攻めきれない時に、初めて次の道があるわけであって。なのに、その考えるっていうことを、最初から思考を停止した中で、物事を全部決めてしまっているっていうのが、今の日本社会じゃないかな、という気はするんですよね。
本当にそう思いますよね。ですから、早いところで、命がけの飛躍をしないといけないはずなのに、それが命をかけずにすぐに飛んじゃって。それだから、本当に重要なところでもう飛ぶ力がないっていうような感じがしますよね。
佐藤
出口
そうですね。
キリスト教との出会い
出口
もう一つ、僕が佐藤先生にどうしてもお聞きしたかったことがあるのですが、キリスト教には、どこで最初に出会ったわけですか?
キリスト教は母親が信者でした。母親は去年死にましてね、父親は6年前に死んだんですけれども、父親は、最後母親がキリスト教の洗礼を受けさせようとしても、絶対に嫌だって受けなかったですね。父親の3代前は福島県にある臨済宗の寺なんですね。妙心寺派で、自力本願なんですよ。だから、キリスト教っていうのはどう考えても浄土真宗に似ていて、絶対他力におすがりする、という感じなので、どうも肌が合わないんだと父は言っていたんです。
それで、母親はですね、今話題になっている市橋容疑者が逃げていたあのオーハ島がある、沖縄の久米島の出身なんです。その島には女学校がなかったですからね。昭和18年に、その島から沖縄本島に行って、昭和高等女学校っていうところで勉強していたのです。そうしたら、「2年生までは故郷に帰れるけれど、3年生以上は学徒隊に参加しろ」と言われたそうなんです。ひめゆり学徒隊のようなもので、その学校の場合、でいご学徒隊という名称だったそうですけれど。
母親は2年生だったのですが、全部空襲で焼けちゃって、もう故郷に帰る船がないんですよ。するとそのままのたれ死にしないとならないんですね。
たまたま、3人姉妹の全員が沖縄本島にいて、そのうちの一番上の姉が、日本軍の第62師団、通称石部隊の軍医部にいたので、母親は14歳で軍属になったんです。そして、沖縄戦を最初から最後まで軍徒と丸々一緒に行動して、前田・幸地の激戦では米軍のガス弾をくらったりとかもしたそうです。
最後は、手榴弾を2つ渡されましてね。日本軍が組織的な抵抗をやめた後、7月になってもずっと、摩文仁の壕に潜んでいたんですよ。しかし17人で壕に潜んでいるところを、米兵に見つかっちゃってね。「手を上げて出てきなさい」って言われて、母親が一瞬黙った瞬間に、横にいる髭ぼうぼうの伍長が手を挙げて、救われたと。もし手榴弾をサンゴ礁に打ちつけたてたら、4秒から5秒で破裂して、即全員死んでいたんだけれども。
その時の経験を通じて、「ああ、やっぱり何か頼るものが欲しい」と思ってキリスト教に入ったんですね。
佐藤
出口
ああ、でも、その時に亡くなられていたなら……。
僕は生まれてこなかった。
佐藤
出口
そうですよね。
母親は、ものすごい数の手紙と写真を持っていたんですって。というのが、実は日本軍は沖縄で航空決戦をするつもりだったんですよ。ところが、飛行機は全部焼かれてしまったので、その人たちはみんな斬り込み特攻に行くわけです。
その斬り込む前――死んでいく前に、「家族に届けてくれるか」、「お母さんに渡してくれ」って言われて、大量の手紙や写真を預かった。ところが、摩文仁の丘で米軍に捕まった時に、それを全部取り上げられてしまうんです。
ところがね、ポケットの奥に一個だけ、小さな太鼓型のお守りが残っていたんです。この前母親の遺品を整理していたら、それが出てきました。
それは田口という少尉から預けられていたんです。それが、母親が沖縄戦に従軍した唯一の物証なのです。戦後、父親がその田口少尉のお母さんを見つけて、一回返したのですけれども、お母さんが「息子があなたに渡したものだから、ずっと持っていた方がいい」と、また戻してきて……。
母親はこういう戦争体験をしたから、クリスチャンだけれども、靖国神社へも隠れて通っていましたね。自分の姉が死んだということもあるし、斬り込み前にたくさん形見を預けてくれた、それこそ何十人の、若い兵隊たちにですね、おそらく申し訳ない、という思いがあったのでしょうね。
ですから、キリスト教徒なんですけれども、人に洗礼を受けろとかいうことは全く勧めなかったんです。ただ、本人は、やっぱりキリスト教が救いだと思ったんでしょうね。
佐藤
出口
佐藤先生ご自身も、今、キリスト教に関していろいろとお考えがありそうですね。
ええ、僕自身も信者ですからね。神学校の1年生の時に洗礼を受けました。僕は結構突っかかっていく感じなので、自分の宗教的な残滓を拭い去りたいと思って、宗教批判の勉強をやろうと同志社の神学部に行ったんですよ。ところがまあ、2000年も続いている宗教っていうのは、本当に狡猾に出来ているので、半年くらい勉強して、自分の考えているようなキリスト教観は間違いだったということがわかって、キリスト教の軍門に下って、そのまま続いていくんですね。
佐藤
出口
そうなんですか。面白いですね。
ただね、ここ数年は教会に行っていないんですよ。ある日、日本の教会に神様がいないように思えてきてですね。
それはその、逮捕されたあの事件の後、外に出てきたら、東大の名誉教授のある先生が気を利かせて、大学院の就職の斡旋を、キリスト教系の学校でしてくれようとしたんですね。そうしたら、そこの学長さん、有名な神学者なんですけれども、「まず無罪をとってから来い。話はそれからだ」と言ったそうなんです。その話を聞いた瞬間にですね、あれ、キリストっていうのは、刑事被告人で、しかも死刑囚だったんではないかと。こういう感覚の人たちがいる教会ってどういう教会だと思ったら、急に教会に行く気がなくなってしまったんですよ。やっぱり、自分で、そこに神様がいないと思っているのにそういう場所に行くっていうのはよくないですからね。
佐藤
出口
そうですね。
ただ、時々、神学部の友人が牧師をしている教会に行くことはありますけれどもね。そんな感じです。
佐藤
出口
そうですか。
出口汪と大本教
出口
僕自身、出口王仁三郎の曾孫にあたるのですけれども、まあ、ちょっと特殊な環境にあったので……。 僕の父が小学生の頃に弾圧があって、父から見ると祖父である王仁三郎や父親をはじめ、一族全部が牢屋に入るわけです。6年8ヶ月投獄された後、無罪になったという弾圧事件があって。
その当時父は、「王仁三郎は、道鏡のような逆賊である」という風に学校でも教わって……、だから、まさに逆賊の子どもが学校にいるわけですから、手ひどくいじめを受けたりするんです。そういう環境の中で、父は家出をしたりとか、そういう屈折した状況が続いていたみたいでして……。
お父さんは何年生まれなんですか?
佐藤
出口
昭和5年です。
じゃあ、私の母親と一緒ですね。
佐藤
出口
そうですか。
逆に言うと、一族の誰もが牢屋に入って拷問を受けていたので、そのかわり戦争には協力せずに済んだわけですけれども、そういった意味で、国家とか権力とか、あるいは神とかに関しても、僕自身も非常に複雑な思いが少しあるんですよね。
やっぱり特に、国家に対する思いがあるのではないですか?
僕が神学部にいる時、「日本の諸宗教を学ぶ」ということで、組織神学というのを勉強したんですよ。組織神学というのは、かつての護教学なんです。で、その護教学の中には、論争学と弁証学というのがありましてね。論争学というのは、「キリスト教の中で自分たちが正しいんだ」という理屈です。それに対して弁証学というのは、「他宗教との関係において自分たちが正しいんだ」ということです。
神学っていうのはいい加減な学問で、結論が先に決まっているんですね。「どんな形だって自分たちが正しいんだ」と。あとはどういう風に理屈を組み立てるか、という訓練で、このことは、役人になったら役に立つのですけどね(笑)。
その時に、例えば「あなたが大本教徒だったらどういう風に判断するか」、「あなたが日蓮宗の信者だったらどういう風に判断するか」っていう訓練を受けるわけなんですよ。
佐藤
出口
なるほど。
ゼミでもそれぞれの分担を決めて勉強するんです。そんなことをやるので、基本的には大本教についても大枠だけなのですけれども、勉強するんですね。その中で、神学部の先生がいつも強調していたことは、「戦前の歴史の中で、本当に徹底的な弾圧を受けたのは大本教だ」と。「それも一回じゃなくて、二回も弾圧を受けている。特に、第二次弾圧というのは徹底していた」と。それで、神学部の先生で、綾部と亀岡に行って、いろいろとインタビューしている人もいましたね。
それで特に、平和運動、弾圧後の戦後の平和運動、それからエスペラント――これは戦前からですね。それらの運動の中でやられていたことっていうのは、大本教の中にある普遍的なものと、日本固有のものであって、そこのところっていうのは、キリスト教がやっていなかったところに手が届いているっていう……、これが、その神学の先生たちの見方でしたね。
佐藤
一神教と多神教
出口
僕は、王仁三郎の思想でちょっと面白いと思っていることがありまして。佐藤先生に本当に話したかったのですけれども、一番言いたいのが「万教同根」という思想なんです。万の教えは同じ根っこであると。だから、王仁三郎はパフォーマンスをして、自分はイエスだし、釈迦の生まれ変わりだし、それから、孔子の生まれ変わりだって言っているんですよ。実際の生まれ変わりかは別として、おそらく一つの大きなパフォーマンスだと、僕は考えているのですけれど。
要は、根っこは同じなのだということ。よく神道の「八百万の神」という概念は多神教だと言われますけれど、王仁三郎いわく、そうではなくて「一神すなわち多神」であると。要はレトリックですよね、宇宙を作った根源神は一つなのだけれども、それが様々な時代や場所に応じて、様々な形を持って表れてくるという。
それは、ヘーゲルとかクザーヌスなんかにもつながる、全一性みたいな観念として非常に面白いですね。
それから、日本の新宗教の機縁を見ると、大本教の影響を受けていないのは、日蓮宗系の教団を除けばほとんどないんですよね。だから、何らかの形で、大本教のドクトリンの影響っていうのはみんな受けてますよね。
佐藤
出口
そうですね。今の世界の緊張状態の原因には、やっぱり一神教的な発想というのがすごく影響していると思っています。どうしても、キリスト教、それからユダヤ教、イスラム教となると、自分たちが神で相手は悪という形で、善悪のフィルターをかぶせて見てしまう。その中で、大変な緊張状態が生まれてしまっている。
でも仮に、同じ神を信仰しているとすると、そのレトリックを絶対と信じ込んで、排斥のために殺しあっていた歴史っていうのは、ある意味でクルッとひっくり返ってしまうと思うんですよ。
おっしゃる通りです。だから、この一神教がなぜ寛容でなくなったのかと。本来一神教っていうのは、私は非常に寛容なものだと思うんですよ。
佐藤
出口
イエスの教えなんかそうですよね。
というのは、エルサレムを見てわかるように、一神教徒っていうのは、他の人の宗教に関心ないんですね。
自分と神様の関係での救済にしか関心がないですから。だから、イスラム教の連中はキリスト教のドクトリンを知らないし、キリスト教の連中はイスラムのドクトリンを知りません。ユダヤ教の連中もキリスト教のドクトリンを知らない。要するに、信仰の形態が、神様と自分たちだけの結びつきである以上、周辺に対しては、危害を加えてこない限り無関心だったのです。
しかし、やっぱり帝国主義の時代になるとともに、どこか国家との結びつきが出てきたわけです。そして、自分たちのドクトリンを他者に広げるという考えが入ってきてしまったと。
だから、多神教であっても、例えば、オウム真理教が仏教から派生した宗教であることは間違いないですよね。あるいは、タイのこの前の内乱。あそこにいる人たちも、けっこう仏教徒が多いはずです。それから、スリランカでの内戦。仏教徒のテロリストがたくさんいるわけです。多神教でも非常に暴力的なものもある。
そういう意味では、宗教そのものが、何らかのきっかけで非常に危険なものになってしまうと言えるのではないでしょうか。
佐藤
第三部 宗教の外側から信仰の本質を
国家権力と宗教
僕が大本教に非常に関心があるのは、大本教が国家というものの本質を最もよくわかっていたからこそ、 弾圧を受けたのではないかと思うからなのです。
佐藤
出口
そうだと僕も思います。
国家の本質をよくわかっていたから、非常に国家を大切にして、しかもその国家っていうものが、帝国主義的な理念じゃなくて、それを越えていくような道義国家であるべきだと考えていた。その考え方は、当時の大東亜共栄圏のドクトリンと、ある程度建前上のものは重なっていた。しかし、国家に近寄りすぎたが故に、今度は国家によって徹底的に排斥される。国家というのは、ものすごく嫉妬深くて、暴力的な存在ですからね。
ところが、出口王仁三郎は、戦後、あれだけの経験をしたにも関わらず、反国家にならずに、しかも国家と一定の距離を置くことができた。僕は、そこの内省論理というか、宗教心としての力にすごく関心があるんですよ。
佐藤
出口
おそらく、先生のその見方は、すごく当たっていると思いますね。
さらにそれに付け加えると、王仁三郎は全てをわかった上で、色々パフォーマンスをやっていたのではないかと思っているんです。実際に、自分が弾圧を受けて捕まる日、さらに、自分が釈放される日も、どうも全部知っているような節というか、そう考えざるを得ないような証拠がいっぱい出てきていて、全部計算づくで、自分が捕まるように、弾圧を受けるように、どこかの時点でもっていったというか。
最初のまだ捕まっちゃいけない時は、実際捕まらないような言説をたくさん出しているんですよ。で、これを書けばもう絶対捕まるっていうような言葉を、途中からどんどん出してくるんです。そうやって、捕まるように全部もっていっているというか。そのあたりも、すごく面白いなと思いまして。
その点はイエスに似ていますよね。
佐藤
出口
そうですよね。
33年間の生涯の中で、ある時点から、確実にこれは十字架にかけられる方向に行くっていうような。
佐藤
出口
本人は自覚していますね。
明らかに自覚していて。だから、例えばその辺の感覚っていうのは、その後、大本教の影響を受けながら 出てくる、例えば世界救世教にしても、メシア教などと自称しているあたり、いろんなところが、出口王仁三郎の思想から「これだ!」と思うところをパッとつかんでいるところがあるんでしょうね。
やはり宗教の最大のポイントは、国家、それから貨幣とどう付き合うか、ということだと思うのです。その両方については我々、無視できないんですね。
しかし、貨幣と自己同一化すると、金儲け宗教になってしまうし、あるいは、国家権力と一体化するということを志向すると、国家のサブシステムになってしまう。
その両方と、適度に距離を置きながら、なおかつ宗教が宗教の本質を失わずにいるためには、やっぱり宗教的な天才が必要なんですよ。それで、その宗教的な天才が書き遺したもの、言い伝えたことっていうのは、それを解釈し直したことによって命を入れる、というのがキリスト教の考え方ですからね。その辺は、いろんな宗教に共通していると思うんですよね。
佐藤
出口にとっての”転機”
それで、出口先生の場合は、王仁三郎を直接知らないですよね。
佐藤
出口
はい、知りません。
第4代目になるわけですよね。
佐藤
出口
そうですね。
それは、実は非常に良い位置におられるんじゃないでしょうか。
佐藤
出口
そうですか。
逆に、個人的な経験を直接している人は、どうしても見えないところがある。
佐藤
出口
はい、それはあるかもしれませんね。
出口先生は、直接的な私情を突き放すことができる位置におられるし、しかも遺された文書をテキストとして論理的に捉えることもできる。ヘーゲル的に言うと、フュアエス、当事者にとってはこう見えることが、フュアウンス、読者を含めた我々、つまり学問的な訓練を受けた人たちにとっては別に見えるという、往復ができる。そうすると、外部に対する説得力がすごく出ると思うんですよ。
佐藤
出口
はい、すごくいいヒントを個人的にはもらった気がしますね。
実は、僕の実家が、王仁三郎が最後に住んでいた家なのです。それが去年全焼したんですね。そうしたら、うちの両親、その時は母が住んでいたんですけれども、まあ、母も知らないびっくりするようないろいろなものが出てきているんですよね。おそらく王仁三郎が隠していたと思うんですが……。だから、家に住んでいる人が誰もわからなかったものが、全焼することによっていろいろ出てきて。
要するに、全焼して、そこを全部一回……。
佐藤
出口
もう本当に焼け野原のようになった下を掘り起こすと、紙も含めていろいろなものが、ほとんど無傷で出てきたんですよ。で、これはもう、普通は考えられないことというか。
すごいですね。それには大きな意味がありますね。そういう風になったということは、「それを読みなさい」と出口先生に王仁三郎が言っているわけでしょう。
佐藤
出口
そうですね。それらが今、自宅に全部運びこまれてきているんですよ。だから、部屋の中に膨大なものが、山のようにあって。「なんでうちに来たのかな」と思っていたのです。
これは僕個人のものだとは思っていないので、しかるべき時に、しかも近い時期に、みなさんに公開できるような形のものをやろうと思うと同時に、なんかこう、王仁三郎のことを、世に少し出さなければダメなのかなという、そういう使命感が僕の中に出てきたところでして。
それはすごく重要な仕事だと思いますね。本当の宗教っていうのは何なのか、国家とは何なのかっていうことになるわけですから。
ただ、その作業をやると一番大変なのは、やっぱり、天皇の問題と突き当たってくることだと思うんです。
佐藤
出口
はい、そうですね。
私は、特に近代的な天皇には、二つのものが強い影響を与えていると思うんですよ。一つは、コミンテルン32年テーゼです。もう一つは、私は大本教だと思うんです。その二つの強い影響を受ける中で、1930年代に、実は戦後も連続してくるんですが、今のような、天皇の一つのシステムができあがってきたんじゃないかと思うんですよ。
ですから、右派とか保守派が考えている天皇観というものの根源を解説してくれたのが、私は二回にわたる大本教の弾圧だと思うんですね。あれは、軍部との軋轢とかなんとかじゃなくて、日本の国体の根幹に触れるものがあるという危険を、当時のイデオロギー官僚たちは感じたんじゃないかと。そしてそれは、天皇自身が感じたと。そうでないと、あそこまでの、特に二次弾圧みたいな徹底的なことはやらないですよ。
佐藤
出口
そうですね。おっしゃる通りです。
だから、そこのところをどうやって触れていくかっていうのは、本当に日本のタブーに触れていく話なんですけれども。
佐藤
出口
まあ、本当にタブーに触れざるを得ない時が来ると思いますね。
あと、同時に問題になるのは、コミンテルン32年テーゼだと思う。天皇制っていう言葉は、そもそも、モスクワでできた言葉で、要するに、制度だから変更可能であるっていう含みがあるわけですよね。それが32年テーゼの中で、絶対主義天皇制という言葉になった。そうしたら、それを形に移すようにだんだん変容してくるんですよね。
佐藤
出口
なるほど。
僕、そのプロセスにもすごく関心があるんですよ。なぜかっていうと、お堀の中の不思議なシステムの変容が起きるのも、やっぱり30年代なんですよね。
佐藤
出口
ちょうど大本の弾圧と重なってきますよね、時期的にも。
超越が早すぎる宗教って、インチキですよね。
佐藤
出口
ですから、大本の弾圧っていうのは、宗教弾圧を語る上でとか、いろんな形での取り上げはされているんだけれども、大本の側からの内在的な論理として、あれをどう捉えるかっていう作業が、私が見ている中ではされていないんじゃないかと。
本当にそう思いますよね。ですから、早いところで、命がけの飛躍をしないといけないはずなのに、それが命をかけずにすぐに飛んじゃって。それだから、本当に重要なところでもう飛ぶ力がないっていうような感じがしますよね。
佐藤
出口
はい、ないですね。
今の教団の方から、そういうものが特に出ているという感じでもないし、編年史での「こういうことがあった」という証言集を集めているんだけれども、その意味をどう読み解くかっていう作業は、多分意図的にしていないのだと思うんですよ。
佐藤
出口
おっしゃる通りです。いやもう、本当に鋭いご指摘ですよね。
それから、先生がその仕事をされるっていうのは、ものすごく危険ではありますけれども、でも、先生は上手な表現能力を持っておられるから大丈夫でしょう。
佐藤
出口
これからいろいろと本当に勉強して、自分のもう一つの今後の人生の中心的な仕事になっていくんではな いかなあ、とは思っているんです。
宗教の外側から信仰の本質を
先生、今おいくつでしたっけ?
佐藤
出口
56歳です。
ロシアは還暦がなくて、50歳で一つの区切りなんですよ。だから、ロシアに長くいたせいか、50歳になると、自分の持ち時間を意識するようになるんで、何を次の世代に継承していくかっていうことを考えるようになりますよね。
佐藤
出口
おっしゃる通りですね。
ですから、私は、沖縄のことや宗教のことに比較的関心を持っているのは、多分それと関係していると思うのです。
佐藤
出口
はい。どうしても死を見て、やっぱり計算するところがありますからね。残された時間であれもこれもできないわけで、その中で、何をやっていこうかっていうことは、絶えず考えますよね。
やっぱり、出口王仁三郎、それから大本教のことは、出口先生にしかできないところがある。だから、人は、その人にしかできないことを優先してやられるのがいいと思うんですよ。
佐藤
出口
はい、ありがとうございます。
僕はその書かれるものを読んでみたいと思うし、それと同時に、今後の日本の国家体制っていうものを強化していく上で、ものすごく役に立つと思いますよ。
佐藤
出口
はい、できることなら、それを論理という手段を駆使して、やっていけたらと思います。
だから、宗教団体とか、宗教というステレオタイプをとらないで、宗教についてどうやって語っていくのかっていうことですよね。
佐藤
出口
まさにそれは僕が今考えていることです。
だから、僕は、現代文の本というのは、本質的に宗教的だと思ったんですよ。
というのは、それに隠れて宗教を宣伝するという、そういうことではないんです。
論理で語れる世界を徹底的に行うことによって、神学の世界では否定神学というんですけれども、残余の部分を示すんですよ、それによって。
だから、その残余の部分を示すための準備作業として、徹底した論理化が必要なんですよね。それで、徹底した論理化を行った結果、初めて残余の部分、宗教について語る権利を持つんですよ。
その後どう語れるかっていうのは、本当にその人一人ひとりなり、その宗教の力量になってくると思う。ところが、今の宗教っていうのは、そこがインチキで、入口の論理の話っていうのは全部無視している。例えば、密教だって、顕教をやっていないと密教の世界っていうのは行けないはずなんですよ。ところが、顕教の世界はすっ飛ばして、経文も全然読まないで、ドクトリンも全然やらない。見かけだけの護摩を与えたって、そんなのインチキですよ。
佐藤
出口
はい、そうですね。大本に関しても、よくそこまで鋭く……。
いえいえ、私はもう本当に表面的な知識しかないです。
佐藤
出口
やっぱりその本質を見抜く力っていうのはすごいと思いましたね。ゾクッとするところがありました。
大本教の魅力っていうのは、やはりあれだけの戦時弾圧に耐え抜いたっていうところだと思うんですね。
その力っていうのは、これは、自分たちの意志力じゃないですよ。その外側にある根源的な力を体現しているから、それに耐え抜くことができるわけですよ。あれだけの拷問も。僕なんか短い経験ですけれども、やっぱり何か超越的なものがないと、512日あそこ(東京拘置所の独房)の中にいることはできないですからね。
佐藤
出口
はい、そうでしょうね。
内側から崩れていくんですよ。
佐藤
佐藤優とフロマートカ神学
出口
死を意識してこれから何をやっていくか、という話になりましたが、最後に、佐藤先生はこれから先の残された時間、何を優先してなさろうと思われているんでしょうか。
一番やりたいことは神学のことですね。
佐藤
出口
神学ですか。
ええ。特に、チェコのヨセフ・ルクル・フロマートカという神学者の研究をきちんとして、それを理解可能な言語に直して、きちんと日本語で残しておきたいっていう思いがありますね。
結局、キリスト教というのは救済宗教で、人はそれで救済されたと信じることができればいい、というところがあるのですけれども、フロマートカの研究により、いろんな側面から、光を当てることができるんです。フロマートカは、「使徒行伝」の中にある「受けるよりも与える方が幸せなのです」というイエスの言葉を中心に組み立てていくわけですよ、自分の生き方と、神学を。
「与えることができるのは、外の何かからもらっているからだ。だから、人間の目指すべき生き方とは、何かを決断することではなくて、自然に他者のために、いかに自分の力を使っていける人間になるか、という生き方であり、またそういうネットワークを作っていくことなんだ」ということをフロマートカは言っていたと、僕は解釈しているんです。
だから、そういう意味において、沖縄のことでも、検察のことでも――いま、僕は逆に、検察擁護の論陣をあえて強く張っているんです。なぜなら、現在、社会正義がなくなりつつある現状に危険を感じているからです。それから検察官たちっていうのは、それなりに彼らなりの正義感に基づいてやっているので、それを全否定するのは、社会がニヒリズムに陥ってしまうと考えているからです。
佐藤
出口
先生が検察を擁護されるというのは、すごいと思いますね。
先生は何をやられたいと思っています?
佐藤
出口
僕は、本当は文学がやりたくて。だから、自分で小説を書く夢もあったんです。だけどやはり、21世紀に残す日本の文学を、単にカタログ的ではなく、その深さ、面白さをみんながわかるようにまとめるということを、一個一個やりたいと思っています。
論理なき社会の危険性
出口
もう一つが、やっぱり論理力を広めていくこと。大人から子どもまで、本当の論理力をきちんと身につけることによって、ヒステリックな世論がなくなると思うんです。
そう思います。結局、1930年に、もし日本人が本当の論理力を身につけていれば、ああいうことにはならなかったと思います。
佐藤
出口
僕もそう思います。現在も、右に左にヒステリックに世論もマスコミも全部動いていく、そういう日本の状況を見たときに、「ああ、論理がどんどんなくなって、とんでもない日本になりつつあるな」という思いが、やっぱり僕の中にありましたね。
そうですね。特に最近思うのは、トートロジーが政治の世界で横行していることです。要するに、絶対に当たる天気予報みたいな話ですよね。「明日の天気は雨か晴れになり、いずれかであらず」この天気予報、絶対に当たるんですけれども、天気に関する情報がない。
占いで、「あなた、このままだったら来年地獄に落ちるわよ」と言う。そして「心を入れかえれば大丈夫」と言う。絶対にこの占い当たりますからね。来年上手く行っていれば、それは心をいれたんだと、私の占いが当たったと。で、来年ひどい目にあっている方は、やっぱり占いが当たって地獄に落ちたと。本来は、こういうトリックを見抜けないといけないんじゃないかと。
例えば、小泉純一郎さんが出てきたことによって、このトリックが政治の世界に入ってきちゃったと、僕は思うんですよ。
佐藤
出口
おっしゃる通りですね。
だから、紛争地域っていうのは自衛隊も出動していないところで、自衛隊の出動しているのは非紛争地域だというような、実態としてはなんにも意味のないこういう議論が、国会で平気でできるようになってしまった。それに対して誰も戦慄しないんですよね。
佐藤
出口
小泉さんのワンフレーズ政治も、ある意味では、頭いいなあと思いましたね。きちんと論理的に説明しないから反論されないという。だから、本当にその時の感情語でつい動いてしまう。
ナンセンスな命題ですから、意味のない命題については反論のしようがないですからね。あと、そこから最初に出てきたことの状況がよくわからないから、「私これが絶対に正しいと思うの」っていうのが乱立する。それが、神々の戦いを許してしまった。そして、そのために、他者がいなくなっちゃって、超越性もなくなって、そうしたら社会は滅びていきますよね。
佐藤
出口
そうですよね。本当に日本の政治はどんどん滅びに向かっているとは思ったのですけれども、小泉政権で加速度がついたなと、正直思いましたね。
ただ、そういう力があれば、必ず斥力っていうか、対抗する力も出てくるわけなんですよね。それをはねのけることができる力っていうのは、やっぱりこれは、言葉の根源的な意味であって、根本を束ねていくようなところで、やっぱり宗教の力だと思うんですよね。
佐藤
出口
そうですよね。それと同時に、やはり一人一人が、正しい情報をきちんと知り、正しい判断ができる力がないと、本当に怖い世の中になってしまうと思います。
そうですね。ですから、出口先生のやられている一連の論理の仕事は、功利性、実用性っていう観点からも意味があると思うんですね。
佐藤
出口
はい。
だから、プラグマティズムと言うと、どうも軽く見られがちなのですけれど、プラグマティズムというのは、その背景に実は神様がいるわけですよ。要するに、正しいことを選びとることができる力というのが備わっているから、プラグマティックに選ぶことができるわけで。実は正しい言葉を選択することができるっていうのは、その背後に神様がいるわけですよね。
佐藤
出口
はい。神の力というのが現実世界の中で形で表されるとすれば、それは論理だと思うので。
賛成です。それで、結局キリスト教っていうのは、日本では主流になれないし、なるべきじゃないんですよ。それはやっぱり外来の思想なんです。日本にはやはり、日本の土着の神々がいるわけだし、土着の精神があるわけなんですね。そこのところっていうのを明らかにする作業があって、それで、キリスト教はその中で土着化していかないといけないんですよね。
僕みたく軸足をキリスト教にもっていっちゃうとですね、その一番重要な、日本の中にある根源的なところにあるものを探究するという作業ができなくなっちゃうんですよ。これは、いきがかりだからどうしようもないんですけれども。
佐藤
出口汪と出口王仁三郎
その辺で、やっぱりその、出口先生がおっしゃっている出口王仁三郎先生について、もう一回光を当ててわかりやすく伝える作業っていうのは、僕は、日本の社会と国家のためにものすごく意味があると思いますね。それから、他の宗教、特にキリスト教の我々にとってもものすごく意味がある。
佐藤
出口
そうですね。先ほど「これから何をされるんですか?」という質問の時に、文学、それから論理とあったけれども、その先は、正直に言うと僕の中では、広い意味での思想としての王仁三郎というか、なんとか教という宗教じゃなくて、その枠を取り払った一つの思想として、論理を駆使して、世の中の人に少しでも知らしめるようなことが、僕の最後の仕事じゃないかなと、いま思っています。
実はですね、神学の世界においては、現代神学というのは出発点を探す必要はないって言われているんですよ。
カール・バルトという人は、1918年に『ローマ書講解』という本を書いて、1922年に改訂します。そこで展開したのは、徹底的な宗教批判なんです。
宗教というのは、結局、人間の何かしらの願望から建てるものなので、その宗教によって、人間が神について語るのではなく、神が人間について語っていることに、もう一回素直に耳を傾けるべきだと。そして、宗教とは、人間の神に対する反逆であると。彼はそれに対して“啓示”をもってくるんですけれども、しかし、同時に、宗教以外の形で語ることはできないとも言っているわけです。
ですから、実は宗教でない形態で宗教を語っていくっていうのが、実は最も宗教的であるという逆説なんですよ。
だから、おそらく「これが宗教だ、これを信じなさい」という形でのメニューを提示する、あるいは、「これが経典です」っていう固定した形で宗教組織を作ったとたんに、内在的な生命がどこかに抜け落ちていってしまうんですね。その抜け落ちた生命は、どこかに落ちているわけだから、それを拾う仕事っていうのが確実に必要になるんですよ。それが宗教改革だったわけだし、バルトの仕事だったわけだし。ですから、それはどの宗教でも共通していると思うのです。
佐藤
出口
うーん、なるほど。
そうすると、多分現在のような日本の状況で重要なのは、宗教という形以外の形で提示しないといけないということなんですよね。思想でもいいし、現代文の読み方という形でもいいし、あるいは論理学でもいい。何か宗教という言葉ではない言葉で提示しないといけないし、そうしないといけないから、あえて、教団ではなく先生のご自宅にそういった文章が出てくるわけだし。
だから、最近先生の身に起こった様々なことっていうのは、そういうことをやれっていう指示なんじゃないかなぁと(笑)。小説っていう形でやるのか、何かとにかく宗教という形でやるのはやめなさいという、何か大きな、宇宙の理念ではないですか。
佐藤
出口
僕の中でおぼろげに思っていることを、もうズバッと指摘された感じがして……。
ただ、読む人が読めば、それは宗教だってことがわかるんですよ。
佐藤